介護の二極化

 世界は常に変化していきます。

 どのような変化かといえば、ついこの前まで当たり前に手が届いてた現実が、今はもう手の届かない現実へと変容していきます。この変化は、止まりません。

 年老いた親御様の介護も、これまでの常識が通用しなくなるでしょう。

 当たり前にあると思っていた介護サービスも、これから大きく変わり、二つに分かれていくのではないでしょうか。

 一つは、人の手でなければ支えられない「重度・専門領域」の介護。

 もう一つは、ロボットや仕組みで支える「軽中等度」の生活フォロー。

 そして、その変化についていける家庭/いけない家庭という、もう一つの二極化も進みます。

もくじ

人的ケアは本当にそれ必要とする人のみへ

 最近、「介護サービスの充実」を声高に訴える政治家が、めっきり減ったと思いませんか。

 ニュースでも、かつて多かった「介護施設が足りない」という話題より、むしろ介護事業所の倒産といった報道が目につくようになりました。

 もちろん、長寿化によって、介護そのものの必要性が消えたわけではありません。

 それでも、“介護が必要な人がいる”ことと、“いまの形の介護サービスが維持できる”ことは、同じではありません。

 支える側(担い手)と、支えられる側(利用者)のバランスが崩れれば、サービスの形は変わらざるを得ないからです。

 ただ、人口減少は高齢者側にも確実に起きる。そして、若い世代は誰もが「将来性のある仕事・業界」を求める中で、介護という仕事そのものの“担い手”が先細るのは、自然な流れにも見えます。

 だから私は、こう見立てています。

 これからの社会では、人が人を介護で支える状況は、「人でなければならない理由」がある場合に限って成立していくのではないか、と。

 つまり、高度の介護が必要で、人の手でないと支えられない人に向けたサービスこそが、より濃く「介護サービス」と呼ばれる時代になる。

 一方で、そこまで高度なケアを必要としない人には、ロボットや機器、仕組みが“生活のフォロー”を担う方向へ進むでしょう。

 いまの基準で言えば、例えば要介護3程度までは、ロボットによる介護支援・生活支援といった未来が現実味を帯びてくるかもしれません。

 ここで言うロボット化とは、感情を伴うケアの代替というより、まずは「見守り」「服薬」「転倒検知」「声かけ」「記録」といった、生活の土台を支える領域から入ってくるはずです。

 これらが整うだけでも、家族の負担は大きく変わります。

 ロボットが担えるなら、介護施設も、介護サービスを提供する人も、今と同じ形では要らなくなる。

 極端に言えば、「一家に一台」で済む世界がやってくる。

 ――これが、私の言う**「介護の二極化」**です。

もう一つの「介護の二極化」

 人的ケアが“重度・専門領域”へ集中する一方で、軽中等度はロボット化・セルフケア化が進行。

 この進行を「介護の二極化」、と私は称しました。

 そして、この進行の裏で進むもう一つの「介護の二極化」があります。

 それが、その進行についていける家庭とついていけない家庭で広がる格差。もう一つの「介護の二極化」です。

 この二極化は、進化するテクノロジーへの個々人の親和性が鍵を握ります。

 いまでも、AIはおろか、コンピューターが苦手という人は少なくありません。

 例えば、Wi-Fi やスマホも苦手で、サポートすらどう受けて良いか判らない人もいます。

 ましてや、その人が軽度の認知症に罹患したシーンを想像してみてください。

 そのような人の家庭にロボットが同居するのです。

 それを歓迎する人、耐えられない人、さまざまなハレーションが生じる近未来が想像できます。

 しかも、人の知識量をはるかに超えた知性を誇るAIを搭載したロボットが一緒に暮らして、在宅介護の支援までしてくれるのです。

 私は大歓迎ですが、あなたはどうですか?

 抵抗があるのは当然です。

 ただ、その抵抗の正体は“機械への嫌悪”というより、わからないものに生活を預ける不安、そして「助け方が変わる」ことへの戸惑いではないでしょうか。

 だからこそ、この変化は、早く知った人から順に楽になります。

そんな未来は来るわけない?

 2026年の現在でも、ロシアとウクライナの紛争は終わりが見えません。

 そして、ここにきて、センセーショナルなニュースを聞きました。

 ウクライナ軍は、戦闘の最前線にロボット兵部隊を投入。戦場でさえ無人化が進むほど、ロボット技術は急速に現実化しています。

 これだけ聞くと、背筋が凍るような現実です。ですが、俯瞰すれば、ロボット技術の進展が人々の生活支援をする近未来は確実です。

 つまり、これからの長寿社会は、インテリジェンスを備えたロボットと共に暮らす。

 これが前提になる、というのが私の見解です。

 そうなれば、これまでの社会インフラとしての介護サービスの在り方はガラッと変わりそうです。

 私は、この変化をとても歓迎しています。

 なぜなら、誰もが長寿となり、パートナーを亡くして一人になっても、孤立という言葉が無縁になる。

 その近未来を強く確信しています。

 ☆☆☆ A Point of View ☆☆☆

 では、この変化に対して、家庭として今できることは何か。私は次の三つだと思います。

・年老いた親御様の在宅介護の意義と意味を明確にして高みにアップデートする
・見守りや記録など、負担が減る仕組みを小さく試す
・ロボット/AIの技術トレンドを常に把握し、介護の分野がどう変化するかを見通す

 人手不足が話題になり、現在のような介護サービスが将来においては提供されなくなるのではないか?

 そのような不安な声をよく耳にしました。そのため、移民が必要だといった主張も展開されました。

 しかし、2026年の今。その発想や不安は、過去の遺物です。

 これだけAIが発達し、ロボット兵が投入されるのです。

 過去からアップデートされない視点で未来を設計すれば間違いしか生まれません。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
もくじ